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そのときの感情が見える世界を変える

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通勤時に自転車を使っているのですが、ブレーキ音がものすごいんですよ。

両ブレーキがききききいいいいいいーーーーってな高音で絶叫しよるのです。

そりゃもう、チリンチリンしなくてもギャラリーが避けてくれます。なんかすみません。

音さえしなければフツーに誰も気に留めないのに、あの音が鳴るだけで周りを責めているかのような行動に見えるのが不思議ですよね。おらおらどけどけって言ってるみたい。お前らがそこにいるからブレーキ踏まなきゃなんないじゃねーかコノヤロウって言ってるみたい。そんなつもりじゃないんですけどね。周りも別に気にしてないかもしれないのに自分の軸で考えちゃう。

勝手にいちいち申し訳ない気持ちになるのが疲れちゃうんですよね。

ところで、メールやLineやいろんなコミュニケーションツールって、ジツに便利ですよね。

仕事もプライベートもまずこれらツールがなかったらと思うと耐えられないですよね。もう、知り合いや友達が今の半分にも満たないんじゃないでしょうか。昔はこんなのなくてもいろいろ成り立っていたのに、いまさら存在しない生活なんて考えられないくらい。もうなんてゆーか臓器ですよね。

でも一方で、ときにメールですらツライときがあるんですよね。便利なはずなのに、思いのたけを伝える有用なツールなのに。インスタントな方法だけに落とし穴も深い。

たとえば。

自分の機嫌や認識で送り手の文章に込められた感情が全然違って見えることがありませんか?

送り手にはまったくそんなつもりがないのに、受け取った自分のテンションや心の状態で相手の温度を測ってしまう。独りよがりな解釈、いわゆる思い込みです。相手からすればメンドクサイだけの思い込み。

例えばボーイフレンドから

「誕生日おめでとう!今度ごはんでも行こうぜ!」

ってメールが来たら。

例えば上司に褒められたとか何かいいことがあってすでに機嫌がいいときなら

「ありがとうー。フレンチがいいな♡」

ってイイ感じで返事できますよね。

別にフツーの極めて理性的なときなら

「ありがとー。来週はどう?」

と無駄のない回答になりますかね。

なんかツイてないときとか、ネガティブなときって

「メッセージこれだけ?何私女友達かなんかなの、キーー!」

もはや、すぐ返信すると大事故になるレベルです。

悪いこと言わないから一晩おいて返信した方が大惨事を回避できそうです。

 

または、たとえば仕事で失敗したり、やらかしたとき。

「誠に申し訳ありません。再発防止に努めます。」

「わかりました。防止策を来週までにまとめてください。」

と無機的で感情が見えない最低限の返しを言われたときね。

ホントに申し訳ないと思ってたら、穴に入りたい気持ちで積極的に対応策を考えると思います。

でもどこかで自分は悪くないと思ってたら「ダルイな」か、「ツイてないな」と判断してしまうでしょう。その違いは返信メールに出るはずです。

メールがつらくなる気持ちの正体は、相手を理解する必要性を置き去りに、自分の感情で測っちまうとこなんですよね。つくづく人間て感情の奴隷なんだと実感してしまいます。感情ベースで感じとって、感情ベースで判断してしまう。だからそのときの感情で出方が決まってしまうんですよ。自分が選択してるんです。たとえば一歩引いて、この自分の感情がだれか別の人で、ずっと自分の横にいたらと思うと、そりゃさぞうっとうしいだろうと思います。自分だから受け入れて付き合ってる、または気づいてすらないだけで、この感情が他人ならぜひお近づきになりたくないのが自分なんです。

よせばいいのに要らんケンカを売ってしまうときって、大抵ネガティブなとき。オンナなら生理前とかもありがちですね。んであとから大航海時代突乳ね。いちいち感情に左右されない軸づくりってほんとに大事ですね。感情に向き合い続けると疲れますよね。

上司よ、すみませんでした。

 

 

 

 

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