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スペシャリストかジェネラリストか。

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昨今よく取りざたされる、スペシャリストかジェネラリストかについてまとめてみる。

スペシャリストとは、日本語で専門家という意味をもつ、その道を極めに極めたプロ、なイメージ。

棋士、エンジニア、学者、シェフ、医者、職人、教師、法律家、画家、デザイナー、など、”その人”を語る肩書となって社会的地位が勝手に承認されるもの。

ほとんどが一朝一夕に身につくものでなく、習得には何年も何年も人生を費やす。それを信じて反復と追及をひたすら続ける。この人に任せれば大丈夫な風格と凄みがある。日本人は気質的にこちらに親和性が高く、共感されやすい生き方といえる。

それなりに、それで飯を食っていることにフォーカスすれば、それはアイデンティティー、あるいはその人の一部である。場合によっては全イメージを背負うほどの重要なファクターであり、本人もそれを自覚している。が、ひとたびそれを否定されれば、もう自分をまるごと否定されたような気にすらなる副作用も併せ持つ。

一方でジェネラリストとは、さまざまな経験や経歴、ときには一見脈絡のない職歴を持っている。幅広い経歴が広い視野を持たせる、全体的に底上げされたスキルを持つ人、なイメージ。

好奇心のなせる業ともいえるが、だいたいは時代のあおりを受けたり、その時のご縁で、このような経歴となることが多い。

こちらは豊富な経歴がときに身を助けたり、足を引っ張ったりする。

ジェネラリストに該当する人には、特定のイメージが根付きにくく、あれもやる、これもやる、応用力のある起用ななんでも屋的な存在。

人手不足なときは、過去にちょっと手掛けたことがあるとか、首を突っ込んだことがある、というのが就職時意外と有利にはたらくひっかかりとなることが多い。

また、新しく職を得ても何かしら過去に類似する経験を経ているので、実際に経験したことがない職種でも、想定の範囲内だったり、応用がきくなどわりと勘所がつかみやすいが、実際決め手となる武器に欠ける。

スペシャリストは時代が自分の職種に追い風の時は引く手あまたになる。

こちらは、常に時代の流れを感じていないと、いつのまにか自分の職種がどこからも必要とされていないことに気づけない。たとえばAIが勝手にプログラミングをするようになれば、プログラマーはコーディング以外の別の能力も求められることになる。運用保守やトラブルシューティングあたりが主要な仕事に代わるかもしれない。

ジェネラリストは時代が人手不足になると引き合いが多い。

何でもできるがゆえにこれといった特技も持たず、器用に何でもそこそここなす、というのは実に都合よく企業に使われる。望むポジションはそれしかできない人から優先的にポストが埋まっていく理不尽に耐えながらも総じて評価が高いのもこのタイプである。企業からすれば、使える局面が多いからこれはこれで貴重な人材となる。

共通して言えることは、「これだけ」ではなくつぶしが効くように幅を持たせて応用できそうな新職種に備えること、な気がする。

好奇心を育てようと思う。

 

 

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